拡大写真
ネパール新図幅 DAMODAR HIMAL Sheet No.2884 01 (1:50.000)
これをjpg.で解像度を落とさなければダウンロードに時間がかかる。
地図をより鮮明にするには、そんなこと無視すればいいのですが、これがまた難しい問題なのですなあ。
時間と電話代。82HAJとあるのは、‘83年 日本ヒマラヤ協会隊のルートである。
5月25日Am4:50CIIIを出て6655mの北北東支稜から雪庇の張り出した痩せた尾根を
アンザイレン8時45分頂上に立つ。そのまま6655mのコルへクレバスに注意しながら下り、
アイゼンの爪が入らない程のブルーアイス2ピッチを越え、頂稜直下の大きく張出した
雪庇を迂回するため、右斜上して50度の4ピッチの雪壁を越えて頂稜に出た。
ここから痩せた馬の背リッジ2ピッチ、あとは淡々とした尾根上を1時間コンテニアンスで進むと
プラトーに出て、頂上へ11時55分ドーム状の頂上に立った。(HAJ年報IIIより抜粋)
石井清君達の記録報告はない。彼からの話では、キャンプを2つ出して北壁を直上して
頂上に達したもの。タンゲからHAJ隊とほぼ同じ行程でベースキャンプを設けた。
奥田仁一、小林知子は2002年7月17日ABCから北の6042mのコルへ出て、
天候悪化でホワイトアウトとなり、登頂を諦めた。コルから少し上部へルートを開いたが、
ヒドンクレバスに落ち込む。OAC:URL―2002
早稲田大山岳部2名は来年の偵察2002年9月上旬、奥田達のABCまで達して偵察を終えた。
これで、ダモダールヒマールの北部山域の解明はなされた。のかな?
 

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