4月20日
パイラ・パイラの珍しい写真公開(その2)
 
1959年の秋、ダウラギリII峰の偵察で慶応大山岳部と登高会はサンダからトジェ・ラを越えてムー・ラを越えてムー・ガオンへ・・・・この記録はこの夏、再訪する「トルボ」の入り口辺りの数少ない記録のひとつである。「山岳」年報第59年にはトップ報告がヒマルチュリ1959年春の登山記録が村木潤次郎さんの記録が載っていて、これもまた楽しい記録でもある。メムバーの先輩諸氏にお知合い方々も多く、いまだにヒマラヤに関わっておられる方が多い。ここでこの写真が突然出てきた。今回の山には関係ないけど、この写真の素晴らしいのはジャンプ台C5(6750m)で村木、住吉、田辺、山野井、松田、石坂の6人とシェルパ2名最終ステージに入り、前日コル手前まで伸ばしたフイックスへ出るも猛吹雪となり撤退した、その朝の写真である。背後は朝陽に輝く、左からガネッシュI峰、II峰、IV峰
(新ネパール地図)による。撮影:住吉仙也
 
HEV(エベレスト・ビュー・ホテル)建設中のある日、立寄ったらホテルにチベッタン・ウルフの子供がつながれていた。まったく懐かないヤツでシェルパ連中も手を焼いていた。
「トルボ」にはいる。Peter Matthiessen”The Snow Lepard”London,1978
ではシェー・ゴンパからShephuKhola上流セラムクチュン。ラへの辺りで見た。バガ・ラの辺りにも・・・・。
 

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