7月28日

朝日で赤く染まった南から西側の山々、東の方向の山々には、まだ雲が垂れ込めていた。

7時前にTAKEは出発して、ラカナディ(ラカ・ツァンポ)の左岸をSE方向へと先行していた。右手の大きな谷はJyangche B.や(江結拉)、Sanala B.(Sena)(扎那拉)へと達するKanungri・Kholsa へのラカナディ(ラカ・ツァンポ右俣)である。合流点(Sumna)を横断するのだが、たっぷり1時間もかかった。ここからラカナディ(ラカ・ツァンポ)左俣の流れは広くて幅100mもあって川底に滑りがあり、全員滑って転んだが膝までの深さなので助かった。渡り切った対岸の右岸にはグリーングラスが一面に生えていて、とてつもなく広い高原が続いている。ラカナディの流れは上流で左(東)に折れている。ここにトラックの轍があった。数日前のものであろうトラックのタイヤ跡がくっきり残っている。大きなケルンが出て来て、轍は二手に分かれていた。右手は川床に消えている。左の川岸段丘の上へ延びているSE方向への轍を進む。段丘の上へ出ると正面にキャンラドボが見えている。そちらの方向に向かって、どんどん進むが渡渉失敗で流れに浸かったTAKEは遅れているが、大きなゴルフ用傘をさしているので遠目でも見つけられる。

全員揃ったところでロシアンマップによって、位置と進行方向を調べるとプルバ君の言うキャンドン・スムナの二俣は目の前で、その背後に目印のキャンラドボの雪壁が見える。右俣のChywalung Kholsaを行けば、JyanlaTunpu Bhanjyang(Chekyapu La)への道。(プルバ君は奥の二俣の右に行けば、Rhapra(シャプラ)でChanagor Bhanjyangへ出れると言ったが・・・、その谷を行けば、チェーキャップ・ラの西、アラニコチュリーの北側から東に折れる国境稜線の氷河へ出てしまう。彼の言う峠は、チェーキャップへの谷チャワルン・コルシャの谷路と左岸の斜面を行く路を言っているのだろう)

そこで、往路を引き返し、先程の大きな谷ラカナディ(ラカ・ツアンポ)右俣へ下ることにした。僕たちはChanagor Bhanjyang(Rhapra)シャプラへ行き、アラニコ・チュリーのBCで全員合流せねばならないのだ。キャンドン・スムナの左俣の正面の奥に、間違いなくムスタンヒマールの秀峰、マンサイル(Mansail 6235m)であろう山を見た。おそらく外国人が図幅で確認したのは最初であろうと思う。

引き返し点GPS:5287m N29 17 628 E83 40 440から、すぐ南のラカナディ(ラカ・ツァンポ)の白く濁った流れを渡渉して下ると、すぐ左の流れる谷は飛び石伝いに渡った。この無名谷の奥にはアルニコチュリーの西の雪斜面に似たチベット側6088m、6052mの北東雪壁が見えた。左側へ大きく草付斜面をトラバースしてラカナディ(ラカ・ツァンポ)の右俣側へ下り、川床の右岸にあるトレイルを見つける。原種の葱の花が咲き乱れる中(食用に沢山採取したけど・・・)を1キロ程進むとラカナディ(ラカ・ツァンポ右俣)は二股になっていて右に行けばカンヌンリ・コルシャでセナ・ラとジャンツェ・ラへ出られる。ボク達は左の谷へと入った。すぐ濃紺色のポカリが流れの中に現れて、右岸沿いのトレイルを忠実に進んだ。いくつかの小さなポカリを過ぎて、5回目のGPSチエックポイントの、やや広い草付きの広場をテント場とした。この頃になると本日も降雨となる。

GPS:5265m N29 13 071 E83 37 754 正面には国境稜線の山であろう北側にキャンドンスムナと同様の雪壁目印の山が雨の中に霞んでいた。
 
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キャンプの朝、東から南へのパノラマ、SWの左がMansail(曼塞尓)6235m、136に目印の山、キャンラドボの雪壁が見える。この谷はキャンドンスムナ(出合)からチャルン・コルシャ左俣で、奥にマンサイル峰西壁が見えた。キャンラドボの山は国境稜線西1.5キロ6083m峰である。140のチェキャップ・ラとあるのは、コルと見えるのは、この谷 Chywalung Kolsa 上流の5589mのピークの西尾根が見えていて、ここはまだ谷があって実際のチェキャップ・ラは見えない。155 R:ロシアンマップ5905のスケッチは国境稜線上の6062mで、164は左岸の渡り、一つ目の谷奥の6088m、177は6083m。
 
背後の丘の舳先下のキャンプ地から、ラカナディ(ラカツァンポ)を渡る。川底の丸石はコケていてヌルヌルしてツルジムは2度水中に這いつくばった。対岸に渡ると草原にトラックの轍(わだち)が残っていて、それを進む。中国政府はサーズ問題でネパールとの国境を封鎖したので、ネパール側の表玄関、ムスタンのローモンタンへは行けず、チェーキャップ・ラを越えての密輸が暗躍した。中国公安は、これらも取締らねばならずムスタン、トルボとの国境峠周辺にはポリスが・・・・・・・。川岸段丘を上がり、尚も轍は残っているが、奥に見えるキャンラドボを目指した。
 
キャンドンスムナは正面の雪壁(キャンラドボ)の下で左俣の奥に見えるのはマンサイル峰であろう。更に進んで、ロシアンマップとデジカメをズームインしてみるとマンサイル峰であることが判明した。GPSで現在位置を測り、ネパール新地図の空白の経緯度でも計測もしてみた。TAKEの撮るDVCの静止画像で調べてみよう・・・・・。ここで、このまま進んでもチェーキャップ・ラへ出てしまうので、下降を決めて乳白色流れを渡った。渡った所からのマンサイル峰への谷を見る。キャンラドンは右の尾根の向こう側で、ここからは上部がごく僅か見える。
 
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左からの尾根末端斜面をトラバースしてラカナディ(ラカツァンポ)右俣の広い谷へバックした。川床に下りて谷の上部はカンヌンリ・コルシャでセナ・ラとジャンツェ・ラへ出られる。ボク達は左の谷へと入った。
 
左の谷に入り、左からの広い押出しの沢を横切るとこのポカリが見えて、更に進むと雨が降り出しキャンプ地とした。

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