7月25日

第3ステージは西ムスタンのアルニコチュリー(アラニコチュリー)ベースキャンプへの移動だ。タイフーンとTAKE、ツルジム+ジャングル・カンチャ、キッチンスタッフにはコックのハリー(アンタレ)とクマール、キッチンボーィのラムクリシナ(滝沢君)、ゴラ・ドライバーのビルケとカッチャル・ドライバーのディリップ、それにティンキューのチベット側案内人プルバ・チャプテン・ラマ君の10名で西ムスタンへ直線移動の隠密行動することにした。ヨシナガ、ミズタニら7人は往路からツァルカ、ツァルカトルシコーラからネッケムコーラを遡上してアラニコチュリーに向かう2チームに分けることにした。

Am7時前TAKEより少し前に出発。Dhau Kholaの出合には数軒の家があって、ここからマニ石が続き新地図ではBalun Gumbaと書かれているPalung Gompa横の大きなチョルテンで休む。このゴンパはニンマパで、ラマはティンキューのタルンゴンパへ出かけたままで鍵がかかっていた。

すぐSotiと新地図表記の村はPolte−TeであってTeは(下)という意味で正確には(下ポルテ)、PolteGauはPolte-DeといいDeは(上)という意味で(上ポルテ)。この村は5〜6軒の民家があって、その内の1軒で野菜を購入する。この村の夫人は頭に銀のプレート飾りをつけていた。シーメンでも一人の老婆(?)が付けていたが、最近では付けている夫人は少なくなったようである。Lhajar Kholaの広い出合へは段丘を上がり、マニ石に出て、クーラカン北壁を観ながら進むとクーラタル(湖)とPalung Gompaの山上のゴンパがあるという谷が正面に見える。Lajar Kholaを遡れば名前はないが、チベットへの峠があるらしい。(これも地図作成時にはプラスしておかねばならない)パンザンコーラはテインキューで二俣になっていて右俣は本流でモーラへの谷、ここはポルテ・コーラと呼ばれていて、このまま進めばKang Kung Bhanjyangと真直ぐ谷を遡上すれば、Kella Bhanjyang(新地図表記:Jyamjom Bhanjyang)と呼ばれる峠に出て、Dhung Kholaを下降すれば、Panjang Khola(モー・ラ北)のKajang Sumnaの広河原のテント場へと出られる。この上流のいずれのコルもチベットへ出られるが、人々は普段こんな所を越えないとのこと。河床にはカルカがあって、放牧テントが8張あって、ここはティンキューやポルテの人達の放牧地で、2〜3人の人たちが焚火用の小枝を担いで村へ帰って行った。ガイドのパルバ君はカシを注文していた。国境側に二つの三本槍の容の山が見えて、手前のPindu Kholaの右岸のなだらかな草地をピンドゥー・バンジャンへと進む。谷は急に狭くなるゴルジュ帯の岩壁が迫り、その手前の草地をキャンプ地にした。羊を取りにプルバ君とハリー(アンタレ)は、先程のカルカへ降りた。正面にカンテガ(Chanmar Kang 6060mの北壁)、クーラカンのパノラマと麓のクーラ湖の辺りの広大な草付は見事である。キャンプは草付で、カッチャルの餌が十分ある。上部は真っ茶色の土地が続く。(GPS 4832m N29 19 164 E83 22 198)
 
ティンキュー村の外れの学校を過ぎると山側に大きなチョルテンがある。ゾンもあるが、殆どは朽ち果てている。
 
テインキューからゆっくり歩いて1時間、一つ目の大きな谷、流れは浅い。出合いにある家の天井に女子供が立っていて、ボク達を見て急いで寄って来た。すぐパルン・ゴンパの横に出るが、一見普通の家で、ガイドのプルワ君の案内がなければ通り過ぎるところだった。ポルテ・テの村が見えるとカンテガ(チャンマール・カン)が雲間に見え、北壁から登れば楽しいルートが取れそうで・・・今度来るときは登らねばなるまい。
 
現代トルボでは、銀や真鍮でこさえた頭飾り、ティプー(Tiphu)をしている人はめずらしくなった。お祭りや村の大きな行事があると各村の女性は着けるらしい。このおばさんは「写真を撮らせて・・・」と頼むと「いいよ!」と明るく笑ってくれた。機織仕事に忙しくて、とても変な外国人の相手なんかしてられん風でもあった。
 
横にはクーラカンが辺りを威圧するように立ちはだかり、クーラポカリの台地が見える。正面のお椀のような頂上に上パルンゴンパがあるらしい。
 
Lhajar Kholaの段丘を上がり、流れを渡ると石ころだらけ台地が続く、ピンドゥー・バンジャンの東の5822m、5834m国境の山は三本槍のように見える。東側には僅かに雪がへばりついたように残っている。
 
Pindu Sumnaから南を見ると対岸にカルカがあった。ここでカシを1匹買った。
 
Pindu Kholaを遡上して、途中の高台からSE方向に見える谷には名前がないが、Kang Kung Bhanjyangへの谷である。最低コルがKella La(Jyhamjom Bhanjyang)5465mである。そこからDikinung Kholaの上流に出て東に出るか!ピンドゥーバンジャンを越えて進むか迷ったが、ガイドのプルバは後者を選ぼうと言った。

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