7月24日

ティンキュー・スティ

このティンキューをティンキゥユー、ティンギュール、ティンギュー、Tinkyu、Tingkyu、Tingje、Tinje、と発音、記したりされているけれど、日本人が始めてこの村の名前を書いたのは「ティンギュール」と書いた川喜田二郎著「鳥葬の国」光文社1960、講談社文庫1974が最初であった。どれが正しいかは日本語で書くとティンキューとボク達は書く。土地の人達は、ボク達外国人がティンキューと言っても、ティンギュー、ティンギュールなど、どれを言っても彼らは「ティンキュー」と言っていることを理解している。まあ、どれが正しい日本語表記ということは問題にしないでいい。

今日は天気も不安定で昼に雨が降ったりした。この村で行商しているチベッタン3人がキッチンを訪ねた。例によってゴシャル・ゴンパ、ナクチューシャン、パルヤンなどを聞くと「ある!」「知ってる」の答え。缶ビールが100Rsで、早速ミズタニ・アルコール調査学芸員は6本購入した。粉石鹸を10袋、タバコ1ケース200Rs、キャンディ(200個入)1ケース200Rsを購入する。彼ら仲間の一人はド・タラップへ行商に出かけていて YAK1頭に150Kgを積み込んで30頭でやって来た。主に中国米、砂糖、ビール、日用品雑貨などなど・・・。それにしても4.5トンも運んでいるんだ。ネパール側は無税なのだろうか?密輸?「それって何」と聞いてたなあ?いつも、ニコニコ現金収入。ルピーで、またヤチャクンブー購入して、大量に持ち帰り、また大儲けするらしい。昔の「塩の路」の面影はないのだ。中国製の安い電気製品から電池にいたるまでヨロズ販売さんなのだ。どんなところでも配達可能。ところで、コスモポーターはヨシナガはんらとサルダンからティンキューへ19日着、翌日カトマンズへ6人で250キロ(日当10日間で)荷物を運ばせた。その後はカッチャル14頭で残りの荷を運ぶことにした。250Rsと1日食糧(米500gx2回)の節約のために・・・・・。トランスポートはポーターよりカッチャルの方が安く、彼らの食糧を運ばねばならない頭痛を軽減出来る。
 
キャンプ地は快適な所で、村にも近いのでスタッフはいつもどこかの家で遊んでるか、呑んでる。ポルテへの路にはマニ石が続く・・。
 
'99年、彼とは約1ヶ月間、国境峠探索のガイドを努めてもらった。トラックに追っかけられたりした仲間なのだ。ド・タラップへ出かけていたが「バラサーブがお見えになってる、ご挨拶せねば・・・」とわざわざ帰村してきた。ツルジム、ジャングル・カンチャ、TAKEらと再会を喜んでくれた。お土産の乾燥チーズを持参してくれたので、お返しにポーラテックのセーター、毛手袋、毛靴下などを差し上げた。いいヤツだなあー。再会うれしかった。
 
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ティンキューの人達、ポルテの人達はChanmar Kang 6060mの北壁側からだとカンテガと呼ぶ。この名前「馬の鞍」の名の付く山はいたる所にある。左から二つ目は西の5857mで、Kula Kang 5584mの岩山
 
この夜もアンプルバは焼却ゴミにガソリンをぶっかけた。

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