7月21日

モェ村の可愛い少女の家は、キャンプのすぐ下にある。煙突から紫色の煙が出ていた。背後の岩壁の中にあるゴンパ(Samteng Gompa)に興味があったのだけど、昨日聞いたの少女のお父さんは、あのゴンパには壁画も仏像も何もないから見物しても仕方ないと言った。それでも鍵を預かってるので見物するなら開けてあげるけど・・・と言ってくれた。D.スネルグローブが訪れた時にはゴンパはなかったのだろうか?彼の記述にはない。キャンプから背後の尾根に電光型の路がラル・ラまで(ム峠・モェ峠)への長い登りがあって、30分前に出発したTAKEにようやく追い着いた。4714m N29 29 975 E83 11 135の尾根上のラプチェの並んだ峠が手前にあって景色は素晴らしい。(Himalayan Pilgrimage)D・スネルグローブ原書に載っている口絵写真のギャンゾンカン周辺の写真のそれを見れると楽しみにしていたが、雲に隠されていた。ここから尾根上右の谷側に沿って斜面に路がある。先行するTAKEは谷に降りて、そのまま峠へと進んでいた。Lanla Ghurbuk Lekの(5170m)の横に大きなラプチェが立っているのが遠くからでも見える。5095m N29 29 753 E83 12 103 新地図ではLangLaの記載はないが、モェ村のダワ・シタル君もラン・ラと言っていたので、スネルグローブのモェ(ム)峠は、ボク達はラン・ラと記すことにする。「ヒマラヤ巡礼」ヨシナガはん訳の口絵写真のムー峠からの展望写真は以前西を見ると同定したが、南東から東方向を見ていて、クーラカン、チャンマール・カン(カンテガ)から左へピンドゥー・バンジャンの方面、ゴータム・ヒマラヤにかけてのパノラマである。大きく見えるのはダウラギリI峰かも知れない。ここから西ならパチュムハムはこんなに大きく見えないだろう。

このページは全面的に訂正!せねばならない。これもいい勉強になっけど、これを読んで信じた人がいてたらゴメンなさい。まちがいです。

ラル・ラでダワ・シタル君の案内を峠までの案内としていたので、ここでお別れ。今日のガイド料はボクシスの意味もあったので日当500x4日分を支払う。ラル・ラで別れる時に日当でビルケがリンモ村で買った中国製ウォークマンを700Rsから500Rsに値切って買っていた。「ありがとう!楽しかった」「ゴシャル・ゴンパへ行ったら、ラマによろしくね」。峠から極く僅か水流が流れるGhurbuk Kholaまでの下りは長かった。チャラ・バンジャンへのChangpora Khola出合でインスタント焼きソバの昼食を全員で摂って満足して、河原の路をシーメンへと下る。
 
メストゥト(Mai Sundo)へメンゲン・ラから降りてきた4人組のYAKを探しに来たチベッタン若者。赤帽のリーダー格はワイシャツ姿で一見紳士風、ハンチング帽の若者はまだ10代であどけないけど、格好良く馬を駆けた。
 
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モェ村全景。右が上流で畑の切れたところでキャンプ、写真の真中上の茶色の岩場にゴンパがある。
 
TAKEは水平路を進んだものだから、谷へ降りてしまい奥の右俣からダイレクトにラン・ラへ、みんなは上の路を歩き左俣から、真中の尾根をトラバースして峠へと進んだ。峠には大きなラプチェが二つ・・・。ところでシーメンの人達は、エナン・バンジャンをビジネス目的で越える、ゴシャル・ゴンパへ行く人達は、このラル・ラを越えてモェ村に寄って、ラル・バンジャンを越えてゴシャル・ゴンパへ行くと2日と半日(徒歩)で行ける。エナン(ヤナン)・バンジャンだと3日たっぷりかかるらしい。馬なら2日間。急登があるのでチャラ・バンジャンは殆ど利用しない。モェ村の殆どの男達は、ゴシャル・ゴンパへお参りに年に何回か参拝に出かける。女、子供は行かない。ところで、このゴシャル・ゴンパのことについては、後日詳しく・・・・。チベット側のエナン・ツォには今では道路が完成して、大きな交易所が出来たという話である。エナン(ヤナン)・バンジャンが益々盛んに利用されてる。マリン・バンジャンのチベット側にも同様に大交易所が何箇所も出来たという。エナンはシーメンの人達しか利用しない。マリユン(マリン)はド・タラップ、ツァルカ、ティンキューの人達が利用している。
 
尾根上の一つ目の峠ラプチェから、南西を見るとサルダンの方向が見渡せる。雲がかかって来たが、セラ・ラまで見ることが出来た。
 
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ラン・ラ(ムー・ラ)D・スネルグローブはムー峠に立って記念写真を撮った。この写真は峠のラプチェからシーメン側に少し降りて、トラバースをするところから撮った。左の谷が5386mの南へ入る無名谷、2本目がGhurbuk Kholaで、右の谷を降りてると出合、Chanpola Gothで、この3本目の左への大きな谷がChangpola Kholaでチャ・ラ・バンジャン(Chala Bhanjyang)への路がある。その背後にもTackLheko(仏岩)を持つ山が見える。このような仏岩が頂上にある山がこの辺りに3つある。この向う(裏側)がMait Kholaでエナン(ヤナン)バンジャンへの路がある。
 
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チャ・ラ(Chala Bhanjyang)とラン・ラ(RangLa)へ別れる出合。Chanpola Gothで、ここにはシーメンの人達のカルカがあって、草付の気持ちのいい所であった。
 
下流を見るとコマへの斜面が正面に見えて・・・・・、シーメンは近い。

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