7月10日

ニサル村の東端のチャバン・ドルジェ夫妻はボク達のことを良く覚えていて、親切に色々教えてくれた。ボクの色々な質問にも「ちょっと忙しいから後で教えたげる」と言っては「一生懸命に教えてくれた」夫妻の写真と14歳のあどけない顔の息子の嫁も一緒にと言うものだから、皆が畑から帰って来るまで待っていた為に出発が8時を廻った。クン・バンジャンは5年前とは、二つ目の橋を渡り、1軒目の畑のあるカルカがすっかり立派な家になっていた。三つ目の橋を渡り、左岸の急登する丘上のカルカ(4688m:GPS)は以前のままで、ここからゴルジュと崖の道は補修もされていた。やがて対岸の丘のカルカと川床の三つのテントカルカには、シーズンインで人は住んでいた。今日はキッチンボーィのアンタレ(ハーリー)が(カシカツ&パンケーキ)という妙な取り合わせで昼食をこさえていた。雨は本降りになり、Laprang PenjeKholaを渡る置き石の橋からカルカ跡を通り川床は長い登りとなって、冷雨は降りやまないので、坂上に出た後退したポカリの水際のグラスにテントを張った。GPS:4867m N29 34 463 E83 08 693
 
ニサル村をチャバン・ドルジェさんの屋上から観たら、真下に4連座カラーチョルテンがあった。
 
チャバン・ドルジェさんはボクと同い年で、気が合ったというか、会えば何かと質問するものだから・・・。TAKEが「おっさんバラサーブが何やかや質問するもんでイヤがってる・・・・」と言ったけど・・・「ゴシャル・ゴンパ・・・・・」「クドクド・・・」。
 
テントへ良く遊びに来るおじさんはいつも、ついでに子守りもしてる。いい顔してるなあー。
 
近くの人達は一日何度も遊びやってくる。長髪の帽子男は5月中旬、チベット側へ買い物に出かけたら「サーズ・チェツク」でラサへトラックの荷台に載せられて連行された。「23日かかって歩いて帰って来たのだ」と言った。パチュムハム周辺には羊飼いやヤク飼いがいて「あいつら無線で中国公安へ通報するんですよ!」「交通費、タダでラサ見物へ連れてってくれるけど、歩いて帰るのシンドイでっせ」と付け加えた。『歩くのシンドーそう!』

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