7月6日

シェー・ゴンパ休養日3日目

朝食を摂っていると大トレッカーの先発キッチンスタッフやシェルパ達が着いた。ドネイからやって着たとのこと。何人くらいのスタッフ? ポーター、ヤクが来るのか? 「ものすごい数・・・」と我々のシェルパが答えた。スイスの「トルボ学校建設NGO」とかで、これからビジョールに開校する学校へ行くだけの人達16人パーティ。女子供も混じり賑やかにご到着。それにしても学校建設は、ここトルボでは彼らNGOの活躍はすごいものがある。とても日本のNGOなどと比べるのは・・・・。ティンキュー、ド・タラップ、サルダンとそのビジョールの4箇所。ド・タラップの学校はマオバティの影響で閉校されているが、ティンキューの学校は建設中だが素晴らしい先生がいるし、サルダンには8人の若者先生が5月から10月迄、住込んで先生しているし、彼らの情熱も素晴らしいものがある。これはきっと、あのスイス人達が援助しているのだろう。ティンキューにはドイツ人やフランス人の個人のNGOもいて、彼らは学校に住んでいるし、近々はるばるやってくるとも言っていた。教育をNGOでするなんて一番お金がかかることだし、時間がかかる。それに、彼らは、あとでカトマンズで聞いたことだが、一人70ドル/1日 x 30日=2100ドル x 16人 =33.600ドルのトルボ入域料を払ってる。ボク達のように学術ナニナニとかセコイ登山料で10人も来てるのと訳が違う!
まあ、それは言わない!書かないことにして・・・・・っと。
あの、籐の食卓や椅子、ベッドを見ると「お金持ち・・・・っ!」とシェルパが言う前にバラサーブは唸った。ムスタンの時は、ボク達だって食卓+椅子を・・・・・。「持って来るべきでしたね。1ヶだけ・・・バラサーブのだけね」とツルジムは呟いた。
 
トイレテントは持ってきたのだ。どこでもするOBAHANsのために・・・。それに水色のテントは個人テントでお一人さま用である。ナラカンカール参加者からの寄付によるもの。ダンロップはシェルパ用で、左の大テントはキッチンテントで真中はダイニング・テント。白いのはチベッタンクールで先が尖がってるのはインド製でトルボの人達のもの。

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