7月4日

昨日の原稿の朝、9時を廻ってから出発。左右の壁の地殻変動の模様を見つつ、北大地研の朝日君は喜ぶだろうなあ!と思いつつ下ると左にラプッチェを過ぎると懐かしいシェー・ゴンパの姿を望見。ここからメンダンを幾つか過ぎるとシェーの河原に着いた。

シェー・ゴンパの上の斜面にカッチャル、ゴラのBパーティの連中が丁度下って来るのが見えた。彼らのキッチンスタッフがボク達を迎えてくれた。やがてアンプルバ夫妻が歩み寄って来て「ゴクローサン」の握手を交わした。すぐBパーティも到着した。不思議なのはヨシナガはんが先頭を切っていた。全員で再会と無事を祝った。話しはつきない。昼食時に天候は一変して「風雨の嵐」となった。でも、みんな話し込んで「笑ってた」。マォバティはめざとくBパーティの5人分の集金に参上、14〜5人がシェー・ゴンパの泊まり所を占拠していて「ボク達Aパーティはド・タラップで1人2,000Rsのドネイション」を済ませているし、彼ら5人も同値で折衝して解決金10,000Rsを支払った。雨が小止みになる夕方には、ここに集まっているサルダンの人達(ヤチャクンブー・ハンター)や子供達が数え切れないほど集まり、写真撮影や会話に加わった。マオバティはゴンパから遠目で見ていた。全スタッフも数カ所でダウラを燃やし「尽きぬ話に」笑い声があちこちから起こっていた。ここシェーで数日休養する予定。TyphoonとTakeの二人とツルジム、カンチャは数日後、サルダン経由、ダフェサイル峰へとルンチャンカモ・ラをトラバースして取付く。以降、チャンチュウン・ロックへ廻り、モーからシーメンに下りティンキューで合流。ミズタニ、アカヤマ、イノウエはサムリン、ビジョール、カラン、ニサル、クン・ラ、サルダン、コマからシーメン、テンキュウーで合流。ヨシナガらはセラムクチュン、ダイガオン、ナムグンを下り、コマからシーメンへ。エナン(ヤナン)・ラかマリン(マユン)・ラへ立寄りティンキューで皆んなと合流する予定。FUMIさんはドネイ(ジュパル)へと下る。これが今の所これからの予定で、変更になるかも知れない。

しばらく、この報告はつづくけれど、国境の山に向かうので発電機、PCは持参しないことにした。7月下旬、ティンキュー到着時には再開できるでしょう。とにかく10人とも元気で、今後の活動が出来ることはうれしい限りです。スタッフ全員も元気に精力的に動いてくれていますので、楽しい計画遂行は今後もつづきますので、ご期待ください。天気は昨日からやや不安定になっていて、今朝からもどんより黒リ空模様ですが、これも良くなることでしょう。アッパートルボの探求の本髄はこれからです。
 
Shey Gompa
ゴンパ手前の部屋2Fがマオバティ達の宿舎で占拠していて、サルダンの人達はその奥の部屋を宿舎ししていた。15〜6人(女の子4人)のマオイスト達は集金が終わると遠目で見ていた。早朝の軍事訓練は「空手」が採用されていて、みんなで「エィ!ヤァー!」と踊ってるように見える。
ゴンパのお祭りは9日からで、ゴンパのラマ達だけで祈祷がなされるだけ。
 
始めはなかなか近寄らなかったけど、デジカメの画面を見せるとこんなステキな笑顔になった。子供達全員の写真を撮ったので送ってやらねばならん。こども達はみんな笑って写真を撮った。
 
トルボの男の象徴であるタングゥーを巻いた男の子がいた。多くのハイティーンは長髪には何も巻かなくて櫛を通し、お洒落に余念はない。サングラスをした子やジーンズの子もいる。同じ年頃の女の子は、そんな子はいなかった。時代は、もうここトルボも男の子達の姿から変革して来ているのかも知れない。

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