6月16日
夜半、ポッンと雨音がしたように思うが、薄日が差してきて、まあ雨は降らないだろう。ツァルカからキャンプ地下流の合流点、Moranは予定ではトクチェン・ラ5578mを越す予定だったが、渡渉が多いし残雪があるので、この一般的路を通ってきた。Pan Kholaの右岸にすぐドロ村、ゴンパは閉まっていた。対岸にも同じ名の数軒の村があり、チョルテンが多いニンマパのゴンパがあるがスネルグローブも立ち寄っていないのだが、遠目にはずいぶん立派なゴンパに見える。右岸を下るとドロの川岸側のド村が見えて、河原にはテントが見える。畑を通り村をかすめるように畑の畦路を通った。右の山斜面にゴンパが見えて、これがタラップタラップでスネグロが立ち寄った二つのゴンパの内のリブゴンパ。ミズタニ、イノウエに上流のド村調査に立ち寄ってもらい赤山と立ち寄る。若いラマ僧が案内してくれた。代々世襲しているラマで英語も大変上手くて丁寧に案内してくれて写真もOKと言ってくれた。

ニンマパの像と壁画も素晴らしいものであった。外に出て村を見下ろすと何故か村調査をしていないでこちらへ向かってくる。若いラマ僧が帰り際にマオバティは「お金次第だから・・・」と言って見送ってくれた。有名なカンニを見物していると彼等はマオバティが20〜30人村中にいて気持ち悪くて調査中止した。と言っているその後に覆面姿の若者がついて来た。無視して先行する。Ghakarの村でツルジムとカンチャが「バラサーブお待ちください」「マオバティが・・・・」制服らしきものを着た若者が丁寧に「鉛筆かボールペンがほしい」といった。「キャンプに来なさい」と答えて、ツルジムがマジックインクを渡すと5名に増えたマオバティ達は丁寧に握手をして「Thank you」と全員握手をして別れた。トッキュ村には寄らず、地図のMODO村への橋を渡り、チャンバ・ゴンバに立ち寄る。チャンバ・ナワン・ラマは髪を長く伸ばし放題で巻き込んでいる。彼もすごく親切に案内をしてくれた。床が壊れているので気をつけるように言ってくれる。このゴンパもスネグロは立ち寄っている。ここまで左右にゴンパはあったが立ち寄らなかった。

地図とは反対側の右岸を大きな牧場を思わせる草原を進むと「出ました!」「マオバテイ集金人ご一行さま」「キャンプ地でお話しましょう」「雨も降ってるしメムバーも疲れているし・・」「解りやした」先行グループは20人〜30人のマオバテイ軍団がいる。TAKEも見たというがカービン銃らしきものを携えている。PM2時キャンプ地着。キッチンテントが出来てからマオバティ集金人とツルジムと3人だけで話す。「1人100USDのTAXで、全ドルポ通行可」と言った。「TAXと言う説明は理解できない」「ドネーションならしてもいいけど。ひとり1000Rs」何やかや問答が続きまして・・・・・。結局ひとり2000Rsx5名で話し合いは解決しました。
 
キャンプ地から一気に下って来るとカンニが見えてトクチェン・ラから、ここへ下って来る路との合流点が下の河原。河原からこのカンニに寄らずに行くと写真の右端のグリーンがドロ村。左の丘上にドロ対岸の同名の村。ここのチョルテン群は非常に多いので寄ってみたかったが、村のおじさんが来たので話し込んでしまった。奥の谷がタラップコーラで出合がド村。雲の中からノルブカンが一瞬見えた。
 
畑の横の路を進むとド村、河原の沢山のテントが並んでいたのでトレッカーが多くいると思い込み、村中に入らず畦道を進んでド村の上村へ。ここにも沢山のトレッカーらしき人達がいるらしかった。
 
上流の右手を見るとリブー・ゴンパが見えた。ツルジムとカンチャの3人連れで立寄る。
 
左:毘沙門天とマチク・ラブドゥンマ(と思うけど・・・?)の壁画は傷んだままだった。
 
パドマサンバブヴァと釈迦の像(と思うけど・・・?)は壁は朽ち落ちていなかった。
 
法身普賢とそのお妃の普賢母(根深氏によると抱擁像というらしいけど・・・?)
 
名前はNamgyal Lamaといい、世襲でカトマンズで勉強したので英語は堪能で教養豊かで。中々の好青年であった。マォバティは良くない。お金が目当てで外国人を脅してるとも言った。「気をつけてね」と見えなくなるまで見送ってくれた心優しい男でもあった。
Charman of Naychen Buddha Rivo Dolpo Lama AMCHI Association

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