6月4日
サンダ・パスの手前で4人組みのロシア人トレッカーと会う。バブルンコーラを歩いたらしい。
サンダに4時15分着。砂塵舞う村の中でまんじりもせず、ひたすらポーター到着を待つ。8時半やっと個装着。遅い夕飯となった。
 
左はヨシナガはん専属シェルパとしたニンマ・ヌル。アンプルバの兄貴のミンマ・ヌルは春のエベレスト隊でお疲れで代わりにやって来た若者。ミンマ・ヌルの隣りの息子。カトマンズで学生してて、今回は学費稼ぎ。ヨシナガはんのお世話を一手に引き受けてヨシナガはんのみ、信頼を得る。続いて、アンプルバのお姉ちゃんのダンナのカンチャ・ダワ。'95年マナスルの時は、キッチンボーイで、皆から「怒られて・・・怒られて・・・」今では立派にジャングル・シェルパの異名をとる程逞しくなった。あれから一昨年以外全て同行してるクライミング・シェルパ。続いてツルジム・ヌル、アンプルバの妹のダンナ。今春のアメリカ隊のエベレストに参加していて、キャンプ2からナムチェの近く、ポルテェの自宅に戻り翌日ルクラ。カトマンズへ飛び夜行バスでポカラ、朝の飛行機でジョムソン6月3日。出発の朝に何とか追いついたと真っ黒な顔で登場した。(エベレスト4回登頂) 今回で同行10度目。アンプルバの奥さんパサン・デキ、四人の子持ちで、ここ数年冬に一緒にメンサーブ・ジュンコとトレッキングしてる。昨夏は夫婦でバラサーブのお供をしてアルニコ・チュリーを登る。「今年も行きたいといいまして・・・・ヘヘヘ」とアンプルバが推薦した。OBAHANsの面倒を見れるかな?この晩秋にバラサーブのお招きで来阪する。右端がアンプルバ。1985/86のタウチェ峰から一緒にスーッと行ってるし日本にも6度来た。バラサーブの言うことしか聞かないのが難点だが、この春はJAC本部の何とか登山隊のKangri Shar 6811mへ、サーダーとしてお仕事してた。
 
パルヤックカルカから急な斜面を登ると一つ目のチョルテン。すぐトラバース気味になり、崖中に作られた路へ出て小沢の流れ。ここから崖路を振返ってみると左にヨカワカン(6482m)とトロンパス、右にカトゥン・カン(6484m)が見えて、メムバーの元気のない姿が現れて・・・・・。ヨカワカンは数日前にOPENになった山、この山の西面と北面は調べましたなあ、2年前にね。 No.28 Yakawa Kang 6482m N28 48 30 E83 56 41
 
サンダ・パス手前に馬でも進める岩場?が出てきて「コワイ!」と言うOBAHANsが現れて、逢えて名は伏すが・・・・「進め!行け!登れ!」とTAKEが小声で、ズーツと先の方で言ってた。バラサーブは優しく「コワクないですよ」「こんな所で死んだら、まだ2日目」「今夜は崖上のサンダ村なので、あそこは谷へ飛び込みやすいし死にやすい!」と助言したのであった。

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