5月23日
KIX発のTGナイト便はキャンセルとなり、Pm7時20分発で深夜BKK着、10時半発のTG319でKTM定刻着、機内では斜め前にサー・エドモント・ヒラリーさんが座っていた。気分が悪いらしく盛んに額を押さえて、食事も採っていなかった。隣のご婦人はきっちり食べていた。周りの外国人は誰もヒラリーさんと気づかない。ひとりの日本人のおじさんが気づいて写真とナにかの本にサインを強請ってた。その内Yクラスにいた外国人のジャーナリストが沢山やってきて、バチバチ写真を撮った。気分が優れないのを見ていた僕には、そんな真似は出来ないのでウイスキーをガブガブ呑んだ。トリプバム空港では一番先に降りたら、タラップ下にE/ホーリーさんが「オオニシしゃん?」「ホーリーさん?」「ヒラリーさんは?」「二番目に降りてきます」「オオニシさん、どこへ行くの?」
「また、会いましょう」。出迎えのTAKE、アンプルバ夫妻、ギャルゼン、ノビらはヒラリーさんのエクゼプティブ専用ゲートに注目していた。「おおーい!ワシャここやでぇ」
60キロの隊荷は超過料金も払うこともなく、貴重品の「マクドナルド・ダブルバーガー」をDeepak家へ直行配達するも不在で、トポグラフィカル・サーヴェイ・オフィスへ出かけてDeepakに配達。エベレスト50周年記念50座新OPENピークの同定中で「カクカクしかじか…」…・・省略します。明日帰国の広島の平田・田中の超元気中高年?悪口、罵り合い夕食会を「華」で…、もちろん会計係りの米田さんを主賓に迎えたのであった。
「毎度、ゴチソーさん」
ご機嫌で、大津家にてバタン・キューとなる。
 
もう83〜4歳だろうヒラリーさんは杖を着いてタラップを降りた。僕は両手に荷物を一杯もって降りるとE・ホゥリーさんがタラップの下で待っていた。後ろを振り向くと彼は車椅子に座り込んだ。報道陣がドーッと押し寄せて、僕は撮影禁止の空港内で1枚写真を撮ってイミグレへと急いだ。
 
右から長女のルビハナちゃん高校1年、マクドナルド・ハンバーガを食べるのが夢だった。
「アンクル、ありがとう。おいしかった」6月からジョシさんの日本人学校で日本語を勉強する。ドクターになりたいそうな!奥さんのスニタさん。一昨年夫妻で来阪。メンサーブ純子さんとは日本語、私英語。でも完全に理解出来あってる。
 
次女のスネハちゃん。
「アンクル、マグド最高においしかった」とうれしそうに言った。

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