10月11日
 Shyangmochenの早朝に出発。今日中にKagbeniに着くべく先を急ぐ。
往路のShyangmoche Kholaの路(Ranchung Chorten Cave)へ降りずに、右の山側の路へ。
Yamdo LaからBaga Laを通り、Samarへと出た。天気がいいのでNilgiri NorthからAnnapurna I Muktinath Himalから
Damodar Himalのパノラマを満喫しつつの快適な山旅となった。
先頭のタイフーンは疾走する。その後をツルジムとカンチャの助さん、角さんは全速力で続いた。
Cheleのテント場前のお家で遅い昼食のパンケーキ。
ここからカリガンダキの河原に降りて、流れの中をバシヤバシヤと渡渉してChusang。
吉永はんらはここのゴンパとTetangのゴンパへ立寄る。
Chusangの馬方のおじさんは、ここからKagbeniまでTangbeに寄らず流れを渡渉しつつ進むという。
昼からの強風の向い風は強烈で、何度も振り落とされそうになりつつ、流れを渡る。

 ツルジムとカンチヤは時々腰上まで浸かった。寒いし砂塵を顔にうけて、ひたすら黙々と進む。
最短距離なんだけど・・・・・。左岸のガレ場を歩くときは左上からの強風による落石路はやや緊張!!
飛ばされそうになると這いつくばるしか手はない。再び広い河原の水の中を進んでゆく・・・・・・・・。

 午後5時半にやっとのことで、Kagbeniのロッジに到着。吉永はん達は暗くなってから無事到着した。
彼らも同じ流れの中を下ってきたと言った。同じように「ひどい風だったね」と呟いた。
ポーターもシエルパも全員ロキシーを徹底的に痛飲することにした。
「今日のリターンアプローチは最悪だったね」と言いつつ、いつまでも呑んで酔った。
 
吉永 
 
水谷 弘  
 
朝日とカンチヤ 
 
水谷 徳
 
Keiko
 
  ツーアランの村を振り返るとダモダールヒマールからムクチナートヒマール、
遠くアンナプルナI 峰の北壁ノーマルルート?手前のドーム状のティリツオピークからニルギリの峰々が、
これまでの貧弱なムスタンの山と比較するにも山が違い過ぎる。やはり7000m級や8000m峰だ!
ここで急に思い出した。
そうだ長い間の宿題を忘れていたのだ。1999年トルボ横断報告6月15日の画像説明を・・・・・。
ありゃこうだったんだ。
「トジェ・ラ手前でE,ESE方面に見えたムスタンヒマールかな?
どうも解らん?帰ったら調べよう・・・・。」帰ったら調べよう・・・2年半もほっておいたのだ!
あれはダモダールヒマラヤのKhumjungar(6759m)ですがな!左のピークは6655m。
氷河の大きな谷から右のピークは6126m、奥に6230mが見える。
こりゃ、前日の10月10日の最後のKhumjungarの写真の次に入れておこう・・・・。
まあ、やれやれだ!
このピークの同定に全ムスタンの図幅1:50000を貼り付けて、
金さしを縦横に置いて鉛筆で線引いて・・・・・・。
トジェ・ラ手前の位置からも加えられた・・・。ヨガツタ!ヨガツタ!合っていた・・・・。
同定間違いなし!ここでしばらく休憩・・・。
 
↑画像をクリックして頂くと、拡大版でご覧頂けます。
この写真は7枚の写真を貼り付けて、PHOTOSHOPでスキャナーA3サイズ2枚を画像を統合してある。
PHOTOSHOPでズームインしてみてください。
"Mustang" The forbidden Kingdom,Exploring a Lost Himalayan Land.
by Michel Peissel 1967 New york.の表紙カラーカバーになっている村のBig Chortenが見えます。
路はツアーランバンジャンまで続いている。
左のYakwakan(6484m)の手前の横長尾根に沿って、ギャラ・バンジャンからの水平路がある。
どんどん水平路をダモダールクンドへ向けてヒンドーの聖地参りのインド人達は許可など関係なく進む。
この夏は大祭があって、ロシアンヘリがピストン運転されていたらしい。

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