3th.OCT
 2回目のDong Mar峰の偵察に出かける。チベツタンのバザールテントの前から
北の山頂ゾンの正面を横切り、流れを渡って西のナムギャル・ゴンパを横に見て進む
とThingar村に出る。Kyunchhama Kholaを渡って、Kimalin Kholaの出合。
Lhakun Dovan4220mの二俣。右は急流となつていてTaththa Jyura Kholaが
西から入り込んでいる。
左のDhangna Kholaを遡ることにした、4380mから急激にコーラは右折れしていたので、
左岸4320mから左岸の急斜面を登り、4704mの広い草原状の尾根上に出て、
5200mまで進んでDongMarの南東面を見た。南東に延びる岩稜を、H.Tichyは登ったのだろか?。
ここから、足元の崩壊したガレ場の下に見えるTaththa Jyura Kholaは広河原となって、
図幅ではある丸い湖は見えなくて、国境の6125mから北へ6195mと国境からSE図幅900mの
6250へ氷河があって、この氷河をたどって、北隣りのChhuama Kholaへ出ると
Manshail peak6235mへ接近出来る。紺碧の空は国境へと続いていた。
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Dong Mar峰の南に入り込むTaththa Jyur Kholaの南にW292に6192mがある。
このピークの東南尾根を上がっていった。
次の写真とつなぐとローマンタン西の山々となる。
S/Hedinが無許可でダウラギリI 峰を見たかったために、ムンダンに入り、
ナマ・シェ3806mでキャンプ。Kore(Kare)Laから855m下った。と"Trans-Himalaya VOLII" 
1909 London. CappterXLI”A peep into Nepal”
写真から見ると、ローマンタンの近くまで来ている。
この写真と彼のスケツチ 232 From pass Kore La June,22,1907
 
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詳細スケッチは 233 From pass Kore La June,23,1907である。
この写真と比較対照することができる上の写真とつながる。
S/Hedin 233パノラマスケッチ S80Wがこの僕の言う
「紺碧の空は国境へと続いていた」の谷を指すのだろう。
正面に見える岩稜は東稜で記録ではこんな岩稜を登っていない。
Chhuama Kholaの5400mから北の小氷河をつめて登ったに違いない。
 Border Peakの6325mの奥(西)に6366mのムスタンヒマールの最高峰があるが、
ここからでは見えない。ミノルタで撮影したものをパノラマにした。
DVCより鮮明?にズームイン出来る利点があるしなあ??
 

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