7th,AUG.−マリンバンジャン(マユン・ラ)を越えなかった。としたら慧海師は さて?どこを越えたか?
       ヤナン(エナン・ラ)バンジャンを・・・・? これを越えたんでっか??


  
ヤナン(エナン)バンジャン GPS測定値29 30 401-449N 83 18 750-813E 5469-5606m 高度計 5330m
地図上は 29 30 25N 83 18 45E 5487m 中国名 雅南拉

6月27日金沢夫妻、アンプルバは、シーメンからマイタコーラに入り、
途中、岩壁にあるゴンパ、シーメン村人の放牧テントを通り
マリン・バンジャンへ行ける谷の出合から北に谷を進むと、すぐこの谷は三俣になる。
右俣は東に谷は延びていて、マリンバンジャン西側の国境稜線へ突き上げている。
ここから国境は北へ2Kmに延びて、5827mから西北西に国境稜線は2Kmでヤナンバンジャンとなる。
中俣は北に2.5Km進むとヤナンバンジャンに達する。
左俣は北西に入り、どんづまりがヤナンバンジャンとチャラバンジャンの国境稜線。
各谷には小さいポカリが2〜3つある。
KENAKOとAng達は、小さなポカリ下で1泊して、翌28日1時間半の登高で峠に着く。 6時半に到達してシーメンへ戻った。
Kenさんはこの谷を慧海師は越えたと思うと有望な慧海師越境峠説をとる。

マイタコーラはシーメンから最初は北に進み、途中から真東に谷は流れ三俣から北となる。
峠からチベット側は北西に始めはゴロゴロした石の路が続くが、すぐ歩きやすい路となって下降は続く。
峠のチベツト側の南は5652mから5655、5674mなどの山が国境北の岩壁帯が続き、その岩壁下には小さなポカリがあった。
暫くはこれらの国境が日陰となり、積雪があれば雪は解けないだろう。
峠から1Km程下ると、中国側地図は雅南と記されて峠の名称となったらしい地名がある。
この付近から右岸の5595mの岩山が崩壊していて、谷の右岸沿いの路は岩がゴロゴロしていて、
飛び石などして300mトラバース気味の路は雪があれば難渋する。
しばらくすると谷床の広い草地上にある直径10mぐらいの円いカルカへ小さな流れを渡る。
29 32 15N 83 17 35E
ここから西側に広い谷があり、2つの岩峰とその北に缶切岩があり、 国境はゴータンヒマールと呼ばれていて、
チャラバンジャン 29 30 25N 83 16 24E 5540mから真北へ延びて、4Km北方のメンラバンジャンへと続いている。

ここから谷は地図上では、北西にヤナンポカリまで水量の少ない流れの左岸に沿って路は続いている。
右岸側は6024m、5988mピークらの西面岩璧帯がヤナン湖手前まで続いていて、落石と崩壊が激しい。
それに比べて左岸は比較的緩やかである。2頭のヤクが放たれて いた。

濃紺色の長方形の湖、水鳥のつがいが数羽飛び交う、下流に小さな円い池が続き、
そして瓢箪型に近い湖がエンドモレーンに。


河口慧海「西蔵旅行記上巻」 第十八回 雪中旅行記より

雪山唯一の頼みは磁石 何方道北の方に降ツて行くのであるが
扨何れの方面に降ツたならば今志す所のマナサルワ湖の方面に近いか知らんと云ふ考から
先づ山中唯一の頼みとする磁石の指し示す所に従い先づ西北の方に向ツて雪の中を降らうと決定した、・・・・・・・・。
五六寸積ツて居る處もあれば又積ツて 居らぬ處もある。
或は諸所に雪融の痕があツて石がゴロゴロ轉ツて居ると云ふやうな 處も随分あったです。
・・・・・・
恰度一里ばかり降ツて行きますとモウ早や雪はなくなツた。サアさうすると石磧です。
・・・・・・
ソレも只圓い石だけなら宜いが角の 立ツた石が折々あツてソレを踏まなければ行かれない處がある。
・・・・・・
二里ばかり行きますと雪融の水の集ツた周圍の二里位の池と周圍一里位の池がある。
其池がチャンと並ンでいる、其一つの池は長方形で一つのは圓い池、其の端に 出ますと誠に美しい鴨が居る
・・・・・・・・
マダ大分の時間もあるものですからモウ少し西北の方に向ツて進ンで行かうと云ふ考へで、
段々と其池の縁を傳ツて又 下へ指して降ツたです。下の方へ降ツて行きますと恰度瓢の形をして居る池がある。
それは其形に依ツて「瓢池」と名を命けて置いた。其の池の周圍半里位しかなかツ たらうと思います。
それから段段下に降ツて行くと、ズツと向ふに雪山がある。 其の山の西北の方を見るとテントが二ツ三ツある。・・・・・・。

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左から瓢の形の池、その向こうがエンドモレーンで東にアルニコチュリー峰などムスタン国境の山々が
北から西へチベツトの山が広がり、西に遠く雪山が見える。
多分カンテイヒマールへのパルチュムハムガー連山の中国側の6500m級の山。
真ん中が小さな円い池、小川がつながり右側の長方形の池で
これらをヤナンポカリという上流がヤナン・ラへの谷と右端がメン・ラ(門格拉)への谷です。
峠から延々たるチベットの山が見えないのが・・・・・・。方角と三つの湖と形状は 慧海師 の記述に近いんだけどなあー。
ここから7月4日にテントの深山老婆の親切によって宿泊 して翌5日、息子のヤクに騎つて西北に半里、
半町ばかりの川を二つ渡って二里半ほ ど 山を登り白い岩窟へ。白巌窟と名づける。・・・・・・・。
午後の3時頃だからラル バンジャン (マラ・ラ)勒如山口かクンバンジャン(クン・ラ)孔拉ぐらいまでの13・4Km進 んだ事になる。



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